2014年8月2日05時00分
◇The New York Timesから
ここ数十年にわたり、よからぬ傾向がじわじわと進行してきた。第2次大戦後に一丸となって成長したこの国は分裂を始め、2007年末に「大不況」に見舞われたときには、その亀裂はもはや見過ごせなくなっていた。いかにして不平等がかくも著しい先進国になったのか。
現代の資本主義は、まがい物の資本主義である。その証拠は「大不況」への対応を振り返ればよい。利益は私物化されたにもかかわらず、損失は社会が負担した。完全競争であれば少なくとも理論上、利益はゼロになるはずだが、高い利益をどこまでも生み続ける独占や寡占が存在する。最高経営責任者(CEО)らは標準的な労働者の平均295倍もの所得を得ている。それに見合う生産性上昇の証拠は何もない。
米国の大いなる分断を引き起こしたものが経済学の法則ではないとすれば、その正体は何か。答えは単純明快だ。米国の政策と政治である。スカンディナビア諸国の成功事例は耳にタコができるほど聞かされているが、実際のところスウェーデン、フィンランド、ノルウェーの3カ国は米国と同等もしくはそれ以上の速さで1人当たり所得を増やすことに成功し、かつ、はるかに大きな平等をも手にしている。
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ではなぜ、米国は不平等を拡大する政策をとったのか。一つの答えは、第2次大戦が記憶の奥へと消え去るにつれ、大戦がもたらした連帯もまた消えてしまったことだ。米国が冷戦に勝利したことで、米国経済モデルの有望な競争相手は存在しないように見えた。世界規模の競争がなければ、米国の体制が大多数の国民の期待に沿えることを示す必要はもはやなかった。
イデオロギーと利害は非道な形で結びついた。ソビエト体制の崩壊から誤った教訓を引き出す者もいた。ソビエトの巨大すぎる政府から、米国の小さすぎる政府へと振り子が振れたのである。企業関係者らは規制撤廃を叫んだ。たとえ、それらの規制が私たちの環境や安全、健康、経済そのものを守り、改善するのに貢献していたとしてもである。
だが、このイデオロギーは偽善的だった。自由放任主義経済の最強支持者に名を連ねる銀行家たちは、待ってましたとばかりに、国から何千億ドルもの支援を救済措置として受け取った。「自由」市場と規制緩和のサッチャー・レーガン時代の幕開け以降、グローバル経済の特徴として繰り返されてきたものである。
こうして企業の助成は増え、貧困層の福祉は削られる。製薬会社は何千億ドルものお金を手にしてきたのに、メディケイド(低所得者向け医療制度)の給付は制限される。
わが国の分断の根は深い。経済的、地理的なすみ分けによって、トップ層は下位層の抱える問題とは無縁になった。昔の王様よろしく、トップ層は特権的な地位を生まれながらの権利と考えるようになった。
著しい不公正の代償を払ってきたのは米国の経済であり、民主主義であり、社会である。成長を享受してきたのは一握りの超富裕層で、その全所得に占める割合は1980年以降、ほぼ4倍になった。(富める者が富めば貧しい者も豊かになるという)トリクルダウン効果を生むはずだったお金は、ケイマン諸島の穏やかな気候の中に消えてしまった。
米国の5歳未満の子どものうち、ほぼ4分の1が貧困の中で暮らしている。国の対策の遅れから、貧困は次の世代へと引き継がれている。もちろん完璧な機会の平等を実現できた国など、どこにもない。とはいえ米国はなぜ、若者の未来がこうもはっきりと親の所得や学歴で決まる先進国の一員になっているのか。
正義の面でも、大きな隔たりがある。米国とはどんな国か、世界の人々の目に明らかにしたのが大量投獄の問題である。米国の人口は世界の約5%なのに、世界の全収監者の4分の1を抱えているのだ。
正義は、ごく一部の人にしか手の届かない商品になった。ウォール街の重役連中は、08年の危機で明らかになった悪行の責任を取らされないよう報酬の高い弁護士を雇う。銀行家たちは法制度を悪用して抵当権を行使し、人々を強制退去させた。
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米国は半世紀以上前、国連が1948年に採択した世界人権宣言を率先して支持した。今日、医療サービスの利用は、少なくとも先進国では最も広く認められる権利の一つである。ところが米国は例外なのだ。平均寿命、健康状態、医療受診のいずれにおいても、米国は大きく分断された国になってしまった。
新たな貧困との闘いだけでなく、中間層を守る闘いにも私たちは取り組まねばならない。その解決策が目新しい必要はまったくない。手始めは、市場を市場らしく機能させることだろう。富裕層が制度を操って利益を得るような、利益誘導型の社会を終わらせなければならない。
不平等の問題は、経済学のテクニカルな問題というより現実の政治の問題である。投機家や企業、富裕層の特権をなくし、上位層に相応の税金を納めてもらうことは、現実的で公平なことだ。教育や医療、インフラにもっとお金をかければ、米国経済は今も、そして将来も力強さを増すだろう。
今ならまだ、世界における米国の立場を復活させ、私たちはどういう国民なのか思い出すことができる。不平等の拡大と深化をもたらしたのは不変の経済法則ではなく、私たち自らが作った法律なのである。(NYタイムズ・6月29日付、抄訳)
◇米コロンビア大学教授 ジョセフ・スティグリッツ
43年生まれ。世界銀行チーフエコノミストなどを経て現職。01年にノーベル経済学賞受賞。
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