Homo curans、ヒトは、ホモ・サピエンス以前に「ケアする(しあう)存在」

ドイツの哲学者ハイデガーは、その主著『存在と時間』において、
人間存在を「気づかい」(ラテン語で‘cura’)という語で特徴づけた。
標語的に表現すれば、人間はホモ・クーランス(気づかう人)だ、となる。
だが「気づかい」とは何か。この点を把握するとき、私たちは人間
――すなわち私たちがそれであるところの存在――
を深く理解しうると同時に、「思考がそこで運動せざるをえない根本的な場」
と呼べるものを捉えることができるだろう。

http://www.kulib.kyoto-u.ac.jp/modules/bulletin/index.php?page=article&storyid

=1763

ヒトは、ホモ・サピエンス(知恵ある動物)となるよりも前に、「ケアする(しあう)
ヒト」として人になったと言うべきでしょうか。

あるいは、現代ドイツを代表する哲学者ハイデガーは、代表作『存在と時間』のなかで
、人間を「現存在」と呼び、その「世界内存在」というありかたを”Sorge”として分析
しました。”Sorge”は、日本語では、「関心」とか「気遣い」とか訳されますが、英語
では”care”で訳されるのがふつうです。そこから、シモーヌ・ローチは、「ケアするこ
とは人間の存在様式だ」という考えをハイデガーに帰するところから、ケアリングの理
論を展開しています(『アクト・オブ・ケアリング──ケアする存在としての人間』)
。ここにも、「ケアの人間学」への入り口がありそうです。

http://www.let.osaka-u.ac.jp/‾cpshama/care/anthropology-care-01.htm

ケアの女神クーラ、ギリシア名はペルセポネー

ペルセポネー(当時のコレー)がニューサにて妖精たちと供に花を摘んでいる時、遠く
に美しい水仙の花を見つけ妖精たちから離れた時大地が二つに裂け、黒い馬に乗ったハ
ーデースが彼女を冥府に連れ去ってしまったのである。ハーデースは冥府で暮らす事が
多いため、女性への接し方がわからず結局ゼウスに相談した結果「強引な方が女性に好
かれる」と言われゼウスの手引きにより(水仙はペルセポネーを連れ去るためにゼウス
が用意したもの)誘拐にいたったのである。

いくら相手が好きであろうと誘拐は誘拐である。ペルセポネーの母デーメーテールがそ
の事実を知り怒りのあまりオリュンポスを去り大地に実りをもたらす事をやめ、地上に
姿を隠す。一方ペルセポネーは冥界でハーデースに手厚くもてなされ散々アプローチを
受けるが首を縦に振ることはなかった。

その後ペルセポネーは空腹に耐えかねてザクロの実を12粒のうちの4粒(又は6粒)を食
べてしまう。実は冥界の食べ物を食べた者は、冥界に属するという神々の取り決めがあ
った為、ペルセポネーは冥界に属さなければならない。デーメーテールはザクロは無理
やり食べさせられたと主張し反対するも、デーメーテールは神々の取り決めを覆す事は
出来なかった。

母デーメーテールの元に帰還したペルセポネーであったが、冥府のザクロを食べてしま
ったためそのザクロの数だけ冥府で暮らす事になり、一年のうちの1/3(又は1/2)を冥
府で過ごす事となり、彼女は冥府王妃ペルセポネーとしてハーデースの元に嫁いで行っ
たのである。そしてデーメーテールは、娘が冥界に居る時期だけは、地上に実りをもた
らすのを止めるようになった。これが冬(もしくは夏)という季節の始まりだという。

こんな理由で無理やり結婚させられたペルセポネーではあるが、ハーデースの真面目な
性格と浮気心があまりない所に惹かれていき、常に彼のそばにいるようになった。そし
てハーデースの数少ない浮気相手であるメンテーにもかなり強烈な復讐をするなど強い
嫉妬心を見せるようになったのだ。

http://ltljck.tumblr.com/page/116

クーラの神話

ハイデガーの『存在と時間』第42節に以下のような神話が引用されており、その他者
への気遣いをめぐる考察が福祉関連の人びとに参照されている。

クーラ(気遣い)の神話
in Hyginus’ Fabulae ヒュギーヌスの寓話より

昔、クーラ(気遣い、関心)が河を渡っていたとき、クーラは白亜を含んだ粘土を目に
した。
クーラは思いに沈みつつ、その土を取って形作りはじめた。
すでに作り終えて、それに思いをめぐらしていると、ユピテル(ジュピター、収穫)が
やってきた。
クーラはユピテルに、それに精神をあたえてくれるように頼んだ。そしてユピテルはや
すやすとそれを成し遂げた。
クーラがそれに自分自身の名前をつけようとしたとき、
ユピテルはそれを禁じて、それには自分の名前があたえられるべきだ、と言った。
クーラとユピテルが話し合っていると、テルス(大地)が身を起こして、
自分がそれに自分のからだを提供したのだから、自分の名前こそそれにあたえられるべ
きだ、と求めた。
かれらはサトゥルヌス(クロノス、時間)を裁判官に選んだ。そしてサトゥルヌスはこう
判決した。
ユピテルよ、お前は精神をあたえたのだから、このものが死ぬとき、精神を受け取りな
さい。
テルスよ、お前はからだをあたえたのだから、(このものが死ぬとき)からだを受け取
りなさい。
さてクーラよ、お前はこのものを最初に形作ったのだから、このものの生きているあい
だは、このものを所有していなさい。
ところで、このものの名前についてお前たちに争いがあることについては、
このものは明らかに土humusから作られているのだから、人間homoと呼ばれてしかるべ
きであろう。

(Fabulae のラテン語テキストには異本が複数ある。これは Heidegger が Sein und Z
eit. S.197. で用いているもの。Fabulae の邦訳は、ヒュギーヌス、松田治・青山照男
訳『ギリシャ神話集』、講談社学術文庫、2005)
以上、下記サイトより引用。
http://edu-pdc.edu.wakayama-med.ac.jp/kyweb/kantake/ethics/sono2/curamyth.pdf.

注:
サトゥルヌスはクロノス、時間の神
ユピテルはジュピター、収穫の意
クーラは気遣い、関心の意、Cura (Greek Kore)、ペルセポネーのこと
http://www.bellissimoyoshi.net/romamito.htm

ローマ神 ギリシャ名 機能
テルス ガイア 大地女神
サトゥルヌス クロノス 農耕の神
ユピテル ゼウス ローマの最高神
プロセルピナ ペルセポネ 農業の女神、あるいはペルセポネの移入

画像は、すべてクーラ=ペルセポネーを題材にしたもの。

ハイデガーはこのギリシャ神話、厳密にはローマ神話(寓話)を使って、現存在における
気遣いの重要性、時間の優位性を説明しているのだ。ローマ的な契約の原理が印象的だ
が、前述したようにここには人間の相互性としての福祉、ケアの原理がある。

以下、 田畑 邦治氏のサイトより。
http://secondlife.yahoo.co.jp/health/master/article/d102tkuni_00011.html
<このハイデガーの言う「ゾルゲ」という言葉は、英語では最近よく耳にする「ケア」
(care)と訳されていますが、古いラテン語では「クーラ」(cura)という言葉がこれ
に相当します。ちなみにこれは現代のキュアー(cure)の語源です。日本語では「憂い
」とか「関心」「配慮」などと訳されています。>

<さて、この思想を私たちの現代の生活や、介護福祉・医療の現場に置きかえて考えて
みると、意外に明るい展望が開かれるのではないかと思います。もちろん関心・配慮に
生きることはいつも明るいことばかりではありません。curaが「憂い」とも訳されてい
るように、私たちはこの世界の中で日々さまざまなことに憂慮しています。意に添わな
い人や仕事を引き受けなければならないとか、それでなくとも人生の無理難題は果てる
こともないほどです。しかし、ハイデガーが言うように、人間という存在者は、関心(
ゾルゲ)のうちに自分の存在の「根源」を持っているのであり、生まれつき「憂い」の
刻印を帯びているのです。(中略)高齢社会は「ヒト」から「人」への進化の時代だと
いう趣旨のことを述べましたが、その「人」が「他人の身」を「憂うる」者にまで成長
するとき、「優しい人」すなわち人間的「善」が少しずつ実現されるのではないでしょ
うか。「優しさ」という字は「人」を「憂うる」と書きますから。>

ハイデガーの他者把握には賛否両論はあるだろうが、注目すべきテーマだ(ちなみに、
制作を主題としてみたとき上記の神話はまた別の側面を持つようにも思う。またローマ
における制作に対する法律の優位という主題も読み取れる)。
ハイデガーの考察を中間におくことにより、季刊「at」に連載中のケア論と世界歴史の
把握をめぐる柄谷氏の論考の間などにも、補助線が引かれ得る。

参考関連サイト及び書籍:
高橋隆雄・中山將編『ケア論の射程』九州大学出版会
http://www.let.kumamoto-u.ac.jp/takahashi/issue/Care_Theory.htm
村田久行『ケアの思想と対人援助』
http://tatetaka1974.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_e472.html
村田久行氏は傾聴理論で知られている。

人間が本来的・本質的に具有している自他への関心に基づく形成的行為
を「ケア(care)」とよぶ。
このことを哲学的に最も深く検討した思想家はハイデガー(Heidegger, M.)である。

しかしながら、「他在」をもって「自在」となすという考え方が、
遠く『老子』の「長生久視」「摂生」の思想にもある。
『老子』第7章には
「是を以て聖人は、其の身を後にして而も身は先んず。
其の身を外にして而も身は存す。
其の私無きを以てに非ずや、故に能く其の私を成す」
(小川環樹訳注 老子 中公文庫 18ページ)
とある。
それは、自らの事象よりも他在の事象に先んじて行うことによって、
自己の事象を完成に向かわせることができるとの大意と理解することができる。

このことは、自らに先んじて他者を慮(おもんばか)ることこそが、
自己形成に他ならないという思想が洋の東西、古今を問わず存在したことを
物語っている。
ここに、ケアを保健医療や看護、福祉の課題としてのみならず、
人間形成と教育にかかわる重要課題として考える意義が存在するし、
ケアをとおして、保健医療、看護、福祉と教育の共通性について
考えることが可能になる。

以上、「教育学」 新体系 看護学全書 基礎科目
メヂカルフレンド社 115ページ より

メイヤロフ(Mayeroff, M.)は、哲学的立場からケアの概念を検討し、
「ケアの本質(On Caring)」において、ケアする対象を人間にとどめず、
様々な対象に拡大し、「ケアすること」と「自分の居場所を見い出す」こと、
言い換えればエリクソン的にいえば「アイデンティティ」をもつこととは、
不可分な課題としている。

メイヤロフによればケアは人間存在にとって不可欠であり、
人間をして人間たらしめる行為である。
そして、常にケアの主体(ケアする人)と客体(ケアされる人)とは互いの
人間形成を促す存在であり、ゆえにケア関係は常に相対的であり互換的である。

そして、メイヤロフのケア論は、ハイデガーのいう「気遣い、関心(Sorge)」
に通底する。
この世に存在するものへの人間的意識のあり方としての「気遣い、関心」
をハイデガーは、人間存在の基本要件として重視した。
ハイデガーの主著として著名な『存在と時間(Sein und Zeit)」の中で、
セネカの最終書簡の次の一節によりながら、
人間本性の完成の基盤を「関心(cura)」に求めている。
ハイデガーは次のように述べる。

「存在している四生物(樹木、動物、人間、神)のうちで、
それらだけ理性を付与されている最後の二者は、神は不死、
人間は可死であることによって区別されます。
さてこの二者においては、一者すなわち神の善が神の本性を完成し、
他者すなわち人間の関心(クーラ)が人間の本性を完成します」
ハイデガー「存在と時間」中巻 岩波文庫 140ページ

ハイデガーは、この「クーラ」すなわち自らが属する人間存在への関心と
それに基づく行為としての「配慮」すなわち「ケア」が人間性の完成を
もたらすとする。

「人間の〈完成〉すなわち人間がかれの最も自己的な諸可能性に向っての
かれの展けた存在〈投企〉において、かれが在りうるところのものに成る
ということは、「関心」の「おこない」です」
ハイデガー 同掲書 同ページ

この自らが属する人間への主体的関与としてのケアの意識と感覚、そして行為を、
可能性に満ちた人間は、その発達の過程で遭遇する事物や現象、そして関係性
に対してその身体の全機能を十全に働かせて認識し反応する過程で
獲得していく。
ハイデガーにおいては、「関心」の「おこない」としてのケアは、
人間の可能性を発展させるうえでの最も根源的な営為ととらえられていた。
それは、同時に世界に自分自身を拓(ひら)いていくことでもあり、
世界の認識と形成の過程でもあったのである。

以上、「教育学」 新体系 看護学全書 基礎科目
メヂカルフレンド社 120ー121ページ より

ポスト:色平

MLホームページ: http://www.freeml.com/uniting-peace

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