憲法改正を考える

論点

憲法改正を考える

伊勢崎賢治氏

 安倍晋三首相が参院選で憲法改正の是非を争点に掲げた。2年前に表明した「9条への自衛隊明記」を改めて持ち出し、議論する政党か否かを問う構えだ。改憲に前向きな勢力の足並みがそろわないことが背景にある。9条改正をどう考えるべきか、憲法でもっと重要な論点はないのか。与野党の攻防を見つめてきた3人に聞いた。

解釈改憲の矛盾是正を 伊勢崎賢治・東京外語大教授

 安倍晋三首相は改憲案の中で「憲法9条1項、2項を維持して自衛隊を明記する」と主張している。しかし、戦力を保持せず交戦権も認めないとした2項がそのままでは、解釈改憲による矛盾を明文化することにしかならない。自衛隊が直面している現実とのギャップは限界に達しており、一刻の猶予もない。最たるものがアフリカ・ソマリア沖の海賊対処のために派遣されている自衛隊だ。

 日本はジブチに基地を設置して隊員の法的地位を確保するための地位協定を同国との間に結び、軍事過失については日本が責任を持って裁くという前提で裁判権を放棄させているが、実は軍事過失を裁く法体系を持っていない。9条で「自衛隊は軍ではない」という建前があるからだ。ジブチで自衛隊機が墜落し、民間人に死傷者が出たら、ジブチの国民に対する人道問題、人権問題だ。外交問題にも発展しかねない。

 解釈改憲の矛盾は正直に是正すべきだ。私は、戦争放棄の9条1項を維持し、2項を「日本の領海領空領土内に限定した迎撃力をもつ。その行使は国際人道法にのっとった特別法で厳格に統制される」と改正することを提案する。あわせて掲げる安全保障ビジョンで「陸海空の自衛戦力を保持する」と明記し、個別的自衛権に限定する。北朝鮮が弾道ミサイルに燃料を注入していても、撃ってくるまでは攻撃しないということだ。

 同時に「国連憲章を基調とする集団安全保障(グローバル・コモンズ)を誠実に希求する」とうたう。自国の安全保障を国連加盟国による集団安全保障措置に委ねるという9条の原点に立ち返る。国連平和維持活動(PKO)にも自衛隊は派遣しない。非武装で中立を守る国連軍事監視団など、貢献できる道はある。コスタリカは憲法で常備軍を放棄しているが、国防の義務も国民に課し、民衆軍が組織された場合の戦争犯罪への量刑も含めた法体系を持つ。国連憲章を頂点とする国際法をどの国よりも守ることによって国を守るという考え方だ。日本が目指すべき道ではないか。

 憲法改正とともに必要なのが、在日米軍基地からの自由出撃を許している日米地位協定の正常化だ。米軍が出撃すれば報復を受けるのは受け入れ国なので、自由出撃はあり得ず、許可制が当然だ。米国が米軍を駐留する100以上の国と結ぶ地位協定を調査して分かったが、冷戦後は受け入れ国の主権を重視するのが国際標準となった。かつての枢軸国として不平等な扱いを受けていたドイツ、イタリアや、占領統治しているアフガニスタン、イラクも含めてだ。

 日本だけが地位協定の「対等化」の流れから取り残されている。常に改憲のカギとなってきた「9条」の存在が、米国と軍事協定を結ぶことの意味を国民が主体的に考えることから遠ざけてきた影響は大きい。イージス・アショアなど米国から武器を言い値で買う軍事大国になってしまった感があるが、本当に必要かどうかを考えられる主体性を持てば、軍事費は削減できる。9条改正は対米自立への突破口にもつながると考える。【聞き手・上野央絵】

生活の改善こそ重要 馬場ゆきの・「未来のための公共」メンバー

馬場ゆきの氏

 2年前に「共謀罪」が問題になった時に学生が中心となって「未来のための公共」を発足させました。「今の日本は、政治や政権による上からの押し付けが強すぎる」ということに疑問を持った若者たちが集まり、「市民中心の草の根的な公共を作ろう」という思いで活動を続けてきました。共謀罪のあとの「森友・加計学園」でも文書改ざん問題などを訴えるために、首相官邸前に毎週金曜日夜に集まって抗議活動を続けてきました。今回の参院選では、投票を呼びかける運動をしています。

 政治への関心を持ったのは高校生の時。政治に関心が強い父の影響で特定秘密保護法の成立を知ったのがきっかけでした。上京して安全保障関連法などが成立してゆく過程を見るうちに、現在の安倍政権や政府の強引なやり方への疑問がどんどん大きくなってきました。共謀罪や森友・加計問題などは特にそうでしたが、疑惑に正面から向きあわず、うやむやのままで問題を終わらせるような手法には納得ができません。

 自民党は今回、これまで以上に「憲法改正」、特に「自衛隊の憲法への明記」を打ち出してきています。私自身は「自衛隊」の言葉が憲法に加わると「集団的自衛権」の強化につながる可能性があると思うので、反対です。言葉だけで「改憲」を繰り返すのではなく、実際に改憲したら日米安保体制はどう変わるのか。国民生活にどういう影響が出るのか。争点にするならば、きちんとした情報と有権者が判断できるだけの材料を提示すべきです。あたりさわりのないことだけを主張し、選挙が終わった途端に「国民の信任を得た」と言って勝手なことをやりだしはしないか。この数年の政権の手法を見る限り、どうしても信用することができないのです。

 選挙の大きなテーマは、生活にかかわる問題が中心です。年金や介護、保育、学生支援など、身の回りの生活問題の改善こそが今の日本にとって最も重要な問題であることは実感していますし、それでいいと思います。しかし、一方で自民党が虎視眈々(たんたん)と狙っている改憲を阻止するためには、改憲発議の条件となる「3分の2」の議席を取らせないこと。そうすれば、安倍政権が急いで進めようとしている一方的な改憲行動は、しばらく遅らせることができます。この動きを遅らせるためにも、さらにみんなが暮らしやすい社会を作り出すためにも、野党には頑張ってほしいと思います。

 憲法で個人的に関心があるのは24条の家族に関する条項です。自民党は2012年の改憲案で「家族は助け合わなければならない」という表現をしていました。知り合いに家庭環境が複雑で虐待を受けた子供がいますが、単純に「家族」で済ませる問題ではありません。もっと社会全体で助け合えるようにしてゆくべきです。9条以外にも私たちの生活の基礎となる問題が憲法には含まれています。

 たとえ小さな一票でも、集まれば一定の国民の声になります。政権側も気にするだろうし、悪い法案の抑止力にもなる。ぜひ、若い人たちも投票に行ってほしいです。【聞き手・森忠彦】

選挙制度の規定必要 ケネス・盛・マッケルウェイン 東京大教授

ケネス・盛・マッケルウェイン氏

 日本国憲法は施行以来72年、一度も改正されていない。世界中の現行憲法の中で最も長寿だ。米シカゴ大が中心となった「比較憲法典プロジェクト」が、米国憲法が施行された1789年以降に存在した約900の成文憲法を英訳し、約800項目を調べたデータを分析した。特に人権と選挙制度などの統治機構の規定の有無に着目した結果、憲法の寿命の長さは人権の規定の多さと、憲法改正の頻度は統治機構の規定の多さと相関関係にあることが分かった。

 日本は人権規定を多く盛り込んでいるので長寿である一方、統治機構について多くを法律に委ねているので改正の必要がなかったと考えられる。戦争も内乱もなく、高度経済成長を遂げた先進国で、改正の必要がなかったという歴史的背景もある。

 改正に対する賛否を含めて憲法について具体的な議論をするのは良いことだ。憲法は国家権力を縛るものであることを考えれば、憲法を守らない政党は選挙で責任を追及されることが理想であり、憲法の内容に国民がそれほど興味を示さなければ理解も深まらないからだ。日本国憲法は細部を法律に任せているので、憲法を改正しないでもやってこられた。しかし、今すぐ憲法改正が必要な項目がないとしても、より良い憲法とは何かという議論を深めるべきだ。

 安倍晋三首相が2017年に「9条への自衛隊明記」を打ち出したが、自民党内がまとまらない。世論調査で比較的賛同が多いのは環境権や知る権利などの新しい権利だ。自民とともに改憲勢力に位置づけられる公明党、日本維新の会も、9条では矢面に立ちたくないようだ。自民党は改憲の必要性を訴えつつも、国会や国民投票で賛成を得られないかもしれない案の提出をちゅうちょしている。

 しかし、刀を抜いた以上は、責任を持って改憲案を国会に提出すべきだ。安全保障関連法でも集団的自衛権の行使を巡る論争が依然としてある。政府見解に対する国民の理解が深まっていないということなら、ここは一度国民に問う必要があるのではないか。参院選の争点となっているが、9条だけを単独の国民投票で問う方法もあり得る。9条の意味があやふやなのは、憲法の規定として危うい。

 私の研究のきっかけは、1990年代の自民党下野と政権復帰の経緯を見て、なぜ自民党一党優位なのか知りたいと思い、「1票の格差」問題に興味を持ったことだった。選挙運動への過度の規制も特異だ。憲法47条では国政選挙の実施方法は法律で定めるとされているだけだ。1票の格差については違憲判決が多数出ており、法律に委ねず憲法で縛る必要がある。

 区割り変更が頻繁に行われ有権者が属する選挙区が変わると、選挙で現職議員のよしあしを判断するという責任追及ができなくなる。与党にとって有利な選挙制度の変更が続くことは、民主主義にとってマイナスだ。国民全体の政治に対する意識とそこから生まれる国会の議席配分を合致させて、国会が国民の縮図になるような制度設計にするためにも、憲法で1票の格差問題を解消する規定をすべきだ。【聞き手・上野央絵】


9条巡る各党の公約

 憲法9条を巡る主要7政党の公約は、改憲勢力では自民が「自衛隊の明記」を改憲4項目の筆頭に掲げる一方、公明は「今後、慎重に議論されるべきだ」とし、維新は記載がない。立憲民主は「9条の改悪や解釈改憲には明確に反対」とし、国民民主は「国が自衛権を行使できる限界を曖昧にしたまま9条に自衛隊を明記すべきではない」とする。共産は「安倍政権による9条改悪に反対」、社民は「憲法改悪に反対」としている。


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 ■人物略歴

いせざき・けんじ

 1957年生まれ。国連暫定統治下の東ティモールで県知事、アフガニスタン武装解除の日本政府特別代表を務める。共著に「リベラルと元レンジャーの真『護憲』論」。


 ■人物略歴

ばば・ゆきの

 1997年新潟県生まれ。東京女子大4年。2017年に市民運動「未来のための公共」を設立し、中心メンバーを務める。野党支援者らで組織する「市民連合」の事務局も。


 ■人物略歴

Kenneth Mori McElwain

 1977年東京生まれ。アイルランド国籍。スタンフォード大大学院政治学博士課程修了。ミシガン大准教授などを経て2015年から東京大社会科学研究所准教授、19年から現職。

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